サイクリングコース調査【維和島編②】

久しぶりのブログ更新です❗

熊本県上天草市大矢野町維和島(いわじま)の島内に焦点を当てたサイクリングコース調査報告の第二弾です🚲

今回は維和島の東部エリアを中心に報告します😊

前回の報告の最後に掲載していた波止のある海岸線を、少し南下した場所から撮影📸

波止の向こうに見えている手前の島は、熊本県宇城市(うきし)三角町(みすみまち)の戸馳島(とばせじま)、その奥に見えているのは宇土(うと)半島の山です⛰

さらに南下していくと、海側を向いているえびす像が見えてきます。

豊漁と航海の安全を願って祀られているのでしょうか。

天草の海岸沿いの地区ではえびす像が祀られていることが多く、海と人の暮らしとのつながりを感じる光景です。

海岸沿いの道をさらに南下していくと、道が二手に分かれている三差路に突き当たります。

右手側の小高い場所に鳥居が見えたので右手へ進み、自転車を上り口に置いて上ってみました。

そこにあったのは金刀比羅宮。私が知っているかぎりでも、天草地域にはいくつもの金刀比宮(金毘羅宮)があります⛩

金刀比羅宮からは漁港や集落を見渡すことができます。

総本宮である香川県の金刀比羅宮について調べてみると、大物主神(おおものぬしのかみ)が祀られており、その神が海上に現れた神さまであることから、海の守護神としても信仰されているそうです。

天草地域に金刀比羅宮が多いのも分かる気がします。

三差路に戻り、右折して蔵々橋(ぞうぞうばし)を渡ります。この辺りの地区名は蔵々(ぞうぞう)です。

上天草市教育委員会の案内板によれば、蔵々の地名の由来について、①波音の擬音である「ザワザワ」が転じたものとする説と、②天草・島原の乱が起きた当時、兵器庫や食糧庫などが散在し、蔵が並び立ったことに由来するという説があるそうです。

「維和島総合案内」パンフレットに「四郎産湯の跡」というスポットが掲載されています。維和島では水資源の確保が重要課題であり、「荒神の古井戸」と呼ばれている井戸が水資源として重宝されていたと推察されています。この井戸が元和8年(1622年)に掘削されたこと、天草四郎の母親が蔵々地区の出身であること、四郎の生年について1622年説があることから、産湯の井戸ではないかと推察されているスポットです。
※天草四郎の生誕地と生年については諸説あるようです。

「荒神の古井戸」の石蓋は、「関戸家の井戸石蓋(せきどけのいどいしぶた)」として上天草市の文化財に指定されています。

どうしても拝見したかったので所有者のお宅に伺ったところ快くご対応くださり、敷地内にある石蓋と井戸を拝見することができました😊
※場所は、西運寺蔵々布教所(熊本県上天草市大矢野町維和5162)の後方にあるお宅です。

蔵々漁港近くの集落は家々が密集する形で立地していて、家々の間の路地は昔ながらの懐かしさを感じさせ、落ち着いた雰囲気のある場所で、私にとっては居心地の良さを感じる場所でした😊

蔵々簡易郵便局の雰囲気もレトロな感じの作りで、この辺りの集落の雰囲気が昭和を感じさせ、温かくて静かでゆっくりした時間が流れているように感じられました。

各々の土地にはそれぞれの自然とそこに住む人々の営みが積み重なっていて、それぞれの個性を形作っている。そして、その個性も変わりやすい部分と変わりにくい部分があり、時代と共にその姿が少しずつ変わっていく。そういう事を感じさせ、考えさせてくれた場所でした✨

集落を抜けて少し進むと十九社宮があります⛩

案内板によると、寛永18年(1641年)9月19日に現在地に建立されたそうです。天草には15神を祀った十五社宮が多いのですが、4神を加えて十九社宮にしたという伝承が残っているそうです。

今回の報告はここまでです😊
次回の報告をお楽しみに❗

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