モニター調査報告(2019.11.04①)

今回の投稿内容は今月4日(土)に実施したモニター調査に関する報告です😊

男性のモニター様3名にご参加頂き、「富岡半島満喫サイクリング&加工体験」のモニター調査を実施しました🚲

実施エリアである天草郡苓北町富岡は、天草下島の北西に位置しています。

富岡半島は陸繋島(りくけいとう)と考えられています。
陸繋島とは、もともと離れ小島であったものが、砂州(さす)の成長によって主陸地と陸続きになった過去の島の呼称です。

砂州とは、流水によって形成される砂の堆積構造のことを指すそうで、複数の種類があるようです。
砂州の代表例として、京都府の天橋立(あまのはしだて)を挙げることができます。

海岸近くに島があると沖からの波が島の裏側で打ち消しあい、波の静かな部分ができ、ここに沿岸流などで運ばれてきた砂が堆積しやすく、やがて海岸と島を結ぶ砂州が成長し陸続きとなるそうです。

つまり、離れ小島が天草下島と砂州で連結されたことにより出来上がったものを、現代に生きる私たちが富岡半島と呼んでいることになります。

さらに、富岡半島の北東端部には砂嘴(さし)があります。

砂嘴とは、沿岸流により運ばれた漂砂が静水域で堆積して形成される、嘴 (くちばし) 形の地形のことであるそうです。

地元では、この砂嘴の先端部を曲崎(まがりさき)と呼んでいます。
富岡城跡からは砂嘴の美しい姿を撮影することができます📸

発着場所はレンタサイクルの取扱施設の一つである富岡港船客待合所(きずなステーション)です🛳

※上記の施設名をクリックすると、別ウィンドウで苓北観光汽船(株)のホームページが開きます。

前回のモニター調査と同じく、出発前に電動アシスト付き自転車の操作方法やモニター調査の留意点などについて説明を行いました。

富岡港を出発し、最初の立ち寄りスポットである袋池と富岡稲荷神社⛩へ向かいます🚲

袋池のほとりには袋池神社⛩があります。
また、袋池には大蛇🐍に姿を変えた悲しい娘の物語が昔話として伝わっています。

※上記の「大蛇に姿を変えた悲しい娘の物語」をクリックすると、別ウィンドウで苓北町の観光案内ページが開きます。

袋池の近くには、上記の昔話と少しだけストーリーの異なる昔話の案内板が設置されています。

別日に撮影した袋池の様子。

袋池のすぐ近くに富岡稲荷神社⛩への参道の上り口があります。

赤い鳥居が続いている光景は、写真撮影のお勧めスポットです📸

富岡稲荷神社の鳥居⛩には、石を投げて鳥居の上に乗ると良縁に恵まれるという風習があったそうです。

また、富岡稲荷神社は、苓北町で4年ほど前に催行されたマイクロバスでガイドと巡るツアー「天草れいほくご利益巡り」の立ち寄りスポットの一つにもなっており、「結ぶ」というご利益が期待できるようですよ✨

最近では、苓北町観光推進協議会が、「天草れいほくご利益巡り」のコースを活用し、スイーツ巡りと組み合わせたガイド付きサイクリングの着地型観光商品を提供されています🚲

※上記の協議会名をクリックすると、別ウィンドウで同協議会のFacebookページが開きます。

富岡城跡へ行く前に、ハーブティーの加工体験で使用するレモングラスの畑をモニターの皆さんに見学頂きました。

今回の受入農園であるもり農園さんは、農薬、化学肥料、除草剤を使わずに、南蛮柿(いちじく)やハーブなどを栽培されています。

自然との共生や安全性を大切にされている農園さんが栽培されたものなので、安心して口にすることができます

もり農園さんのブログページ  

もり農園さんのFacebookページ

※上記の①または②をクリックすると、別ウィンドウでそれぞれのページが開きます。

次は富岡城跡へ🚲

レモングラスの畑からしばらく下り坂が続いた後、今度は上り坂が続きます。
ここで電動アシストの魅力を体感できるんです❗

二の丸駐車場からさらに上った所にも駐車場があるので、傾斜が強まる上り坂を電動アシストを強モードに切り替えてさらに上っていきます💪

富岡城跡からは本当に美しい景色を眺めることができ、撮影スポットとして超お勧めです✨

モニターさんからは、白塀を活かした写真や、三の丸にある三角屋根付きベンチを活かした写真の魅力と可能性などについてお話を伺うことができ、大変勉強になりました😊

また、富岡城跡エリアには、熊本県富岡ビジターセンター(入館料無料)や苓北町歴史資料館(入館料は高校生以上は100円、中学生以下は無料)があり、天草地域の魅力ある自然景観や歴史・文化などの情報発信が行われており、学びの機会も得られますよ❗

さらに、今回は立ち寄っていないのですが、二の丸駐車場から少し下ったところにアダム荒川の記念広場があります。

アダム荒川は、1613年の禁教令により追放された志岐駐在の宣教師に代わり、教会と信者の世話をしていたそうです。しかし、翌1614年に富岡城番代により捕らえられ、迫害の末処刑されたとされています。

アダム荒川は、2007年にローマ法王により、天草で唯一「福者」に列せられることが承認されました。

 

11月4日のモニター調査報告の続きは、次回の投稿で行います😊

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